Tinys Yokohama Hinodecho

Culture

【レポート】Art TO Eat(アートとイート) パクリをパクりと食べてみる ~From A=A A≠A~

近年、よく耳にするようになった「食とアート」という言葉。
美術館で食とアートにまつわる展覧会やワークショップが行われるなど、注目が高まってきている分野です。

アートによるまちづくりを推進している黄金町・日ノ出町エリアにあるTinys Yokohama Hinodechoでも、昨年より、食とアートをかけ合わせたイベントを開催してきました。


資料提供:伊藤幹太

こちらの写真は、2019年10月14日に黄金町バザールのコラボイベントとして行われた『「Food」×「Art」エビ達のハートをつかめ!! ~Special lunch & Artist tour~』の様子です。アーティストのエレナ・ノックスさん、料理人の南雲信希さんをゲストにお迎えし、「エビの気持ちになる」という不思議な問いのもと、現代アートと食をかけ合わせたワークショップを行いました。

2020年からは、現代アートと食をかけ合わせたイベントを「Art TO Eat(アートとイート)」と名づけ、さらにこの分野に力を入れていく予定です。

今回は、3月1日(日)に行われたArt TO Eatの第1弾、『パクリをパクりと食べてみる ~From A=A A≠A~』の様子をレポートします。

Art TO Eatって?

現代アートと食をかけ合わせるとは、一体どういうことなのでしょうか?「食べるという作業は、食べ物を持って、口に入れて咀嚼する。それを管を通して身体の中に入れて、腑に落として、ものによっては消化したり、消化できないものは排泄したりする。食べるっていう行為のプロセスと、アートに介入していくプロセスがとっても似ている気がした」と語るのは、Art TO Eatのプランナーを務める、YADOKARIの伊藤幹太。

アート鑑賞のもう一歩先へ。Art TO Eatの参加者の方には、「食」を通して、アート作品を咀嚼し、消化し、自分の体内に落とし込むプロセスを味わっていただきます。

また、アート鑑賞に「食べる」という行為が加わることで、美味しい料理を楽しんでもらう、人の集まる場所を作ることができる、というのもArt TO Eatの狙いです。

伊藤「僕たちは堅いものに慣れていないのかもしれない、色んな意味で。」

堅いものに慣れていない私たちが、アートや食を通して、答えがないもの、理解しづらいものをゆっくり噛んでみる。Art TO Eatはそのような機会をつくる、アートと食のコラボレーション企画です。

 

アーティストは、問いをつくる人

Art TO Eat、第1回目のゲストにお迎えしたのは、2019年から黄金町でレジデンスアーティストとして活動されている東地雄一郎さんです。

今回のイベントではまず、東地さんから自身の制作活動についてお話をしていただきました。

アーティストは制作する人であり、問いをつくる人であると語る東地さん。
よく「作品をつくる」という言い方をする人がいますが、東地さん自身はあまり作品を作っているという感覚はなく、「ただつくっている」という感覚だそう。

ここでの「つくる」は、エンジニアがクルマをつくる、気象学者が予測をつくるというのと同じ感覚で、それを堅くいうと「制作する」になると考えているそうです。

では東地さんにとっての「制作する」とは何でしょうか。
それは「コピーをすること」です。

東地さんは写真を1枚選択し、それをコピー機にかけます。
次に、コピーしてできたものをコピー元(オリジナル)として、再びコピーをします。
コピーとは同じものをもう一度つくる作業なので、コピー元をAとすると、コピーをしてできるものも同じAになる、つまり、A=Aになるはずです。

しかしこの作業を2000回繰り返していくと、像が変わって全く違うものが出来上がります。
「A=A」を繰り返していくうちに、AがAでない何かに変化し、新たな価値Bが生まれてしまうのです。


資料提供:東地雄一郎


資料提供;東地雄一郎

これを富士山の写真で行ったのが、東地さんの作品『A=AA≠A(mountain) 』です。
コピーを2000回繰り返すことで新たな価値Bを生み出す。これが東地さんの制作活動です。

コピーとは?

ここで一つ疑問が浮かぶ、と東地さんは言います。
コピーをしているはずなのに、像がどんどん変わっていく。果たして、これはコピーなのでしょうか。
コピーをしてできたものは、本当に同じものといえるのでしょうか。

東地さんは、写真を2000回コピーするという制作活動を通して、「コピーとは一体何なのか」、「コピーをしてできたものは、本当に同じものといえるのか」という問いをつくっているアーティストなのです。


東地さんのスタジオの様子(1/3distance r-site[1]より)

東地さんによると、「問いをつくる」は、「解釈をつくる」に言い換えることもできるそうです。
日常生活のなかで自然に行う、人にあだ名をつけることや、何も名前のついてなさそうなモノに名前を付けることも、解釈をつくることの1つだそう。

この「解釈をつくる」という作業によって、これは何だろう?こうなるはずじゃないのか?という疑問が生まれるようになるそうです。

このような疑問は、日常生活のなかで誰もが自然に抱くものですよね。
つまり、問いは誰でもつくれるものなのです。

東地さん「日常生活のなかで誰もが僕の考える制作に近いことをしているのではないか。」

制作は実はそんなに難しいことではなく、みんながアーティスになれるのではないか。
東地さんは、一緒に制作する仲間を共犯者と呼び、共犯者を増やしていこうと企んでいるそうです。

 

今回の共犯者は……

今回共犯者となるのが、YADOKARIの伊藤です。
東地さんの作品から受け取った「コピーとは何か?」という問いを、伊藤が解釈して生まれた新たな問い。それを表現したのが、この日の料理になります。

解釈をして問いを作る。そしてそれを表現する。という意味で、この日の料理も一つのアート作品と呼ぶことができるのかもしれません。

 

パクリとは何か?

続いては伊藤から、東地さんの作品を解釈して生まれた新たな問い、そして当日の料理についてお話をさせていただきました。

Art TO Eatは、プランナーの伊藤が、コラボするアーティストの作品を鑑賞し、リアクションや思いついたことをシェアしながら企画を練っています。

今回、東地さんの作品を鑑賞してたどり着いたのは、「パクリとは何か?」という問いだったそうです。

伊藤が、東地さんの作品を見て最初に思いついたのがクックブック。
所有しているアイデアや調理法をシェアすることで、誰にでも同じ料理が作れるようにするというのがクックブックの目的です。だとするとクックブックは、アイデアをコピーするコピー機だといえるのではないか。

しかし、ここで問題が生じます。
例えばあなたが、3つ星シェフの料理本を見て、料理を作ったとします。
料理本を通してコピーした料理ですが、「これは三ツ星シェフの料理です」というと、おそらく反感を買ってしまいますよね。しかし「僕のオリジナル料理です」というのも認められない。

つまり、複製として扱えないけれど、オリジナルとしても認められないという事態が起こります。
料理の世界においても、コピーとパクリの関係性が非常に曖昧なものであることがわかりますね。

続いて話があったのは、カリフォルニアロールの例です。
「日本人の寿司のアイデアをアメリカ人がパクった」と思われがちですが、実際にカリフォルニアロールを発明したのはアメリカ在住の日本人なのをご存知でしょうか?

アメリカで寿司屋をやりたいけれど、日本の寿司をそのまま提供してもアメリカの人々には受け入れられない、と考えて生まれたのがカリフォルニアロールなのです。その成り立ちを知り、伊藤のなかでカリフォルニアロールの解釈がパクリからアレンジへと変化したそう。

このように「食」の分野にも、コピーとオリジナル、コピーとパクリの曖昧さが感じられる事例がたくさんあることがわかったそうです。

 

パクリの痕跡

では、今回の料理では「パクリとは何か?」という問いをどのように表現したのでしょうか。

伊藤「オリジナルのアイデアをコピーした時に、何をコピーしたのか表に出さないこと、つまり複製元を隠蔽することがパクリなんじゃないか」

用意された料理は全部で3品。おそらく誰もが知っている料理をオリジナルミールに設定し、それを伊藤が「パクっていく」という形で作られました。


資料提供:伊藤幹太

図の1番右側、オリジナルミールをコピー元にしてつくられたのが、コピー1です。
そしてそのコピー1をオリジナルとしてつくられたのがコピー2、コピー2をオリジナルとしてつくられたのがコピー3です。

この図を見ると、パクリが進むにつれてオリジナルとは異なる要素が入ってきているのがわかりますね。
これは複製元を隠蔽したいという気持ちと、オリジナルから引き継いだアイデアを新しく成り立たせる必要があるためです。そしてこの3品の制作過程では、オリジナルミールの要素に加えて、パクリの過程で新しく入ってきた要素も一緒に次の料理に引き継がれていることがわかります。

参加者の方には、最もオリジナル要素の弱いコピー3から、コピー2、コピー1という順で料理を食べ、オリジナルミールが何かを考えていただきます。

What is A Original?

ただし大切なのは、オリジナルミールの正解を出すことではなく、多くの予測を出すことだそう。
食べ進めるごとにたくさんの解釈を生んでいくことで、パクリとは何か、コピーとは何かという問いの深層により深く触れることができるのではないか、というのが今回のワークショップの目的です。

テーブルには1人1部、ワークシートとメニュー表が用意されています。
参加者の皆さんは、料理が出てきたら、メニュー表を1枚ずつめくっていきます。そして1皿食べるごとにオリジナルミールの予想をシートに書き込み、同じテーブルの人と意見をシェアしていきます。

「KINAKO AE -キナコアエ-」

1皿目の料理は「キナコアエ」です。

皆さん真剣な面持ちで料理を食べています。
1皿目が食べ終わった時点では、「全然わかんない!悔しい!」という声が。

風味に春の兆しを感じるという点から予想を立てようとする方、きなこを「ふりかけている」という動作に注目しふりかけではないかと予想する方、きなこの香ばしさ・甘味・酸味の要素からコーヒーではないかと予想する方など、オリジナルの予想はひとそれぞれ。

きなこはオリジナルを隠蔽するための罠で、パクリの過程で何かがきなこへ変換されたのではないかと話し合っているテーブルも。パクリと隠蔽について、鋭い視点で予想をしていますね。

「PAPURIKA DOUFU -パプリカドウフ-」

続いてのメニューは、「パプリカドウフ」です。
料理がでてきて、「ここまで違うの!?」と1皿目と2皿目の違いに驚きの声を上げる参加者の方も。
こちらは各自お好みでソースをかけて食べていただきました。

2皿目が食べ終わった時点で、皆さんの予想はどのように変化したでしょうか。

「1皿目のきなこあえに添えられていた花のオリジナルが2皿目のカリフラワーではないか」
「1皿目にきなこ、2皿目には豆腐が入っていたので大豆がキーワードではないか」
「2皿とも緑やオレンジなど色合いに特徴があるので、オリジナルも色あいに特徴があるものではないか」
「1皿目はきなこがかかっていて、2皿目ではソースをかけたから、ふりかけやかき氷など何かをかけて食べるものがオリジナルなのではないか」
など2皿に共通する要素を上げることで、オリジナルに迫ろうとしている方が多い印象でした。

さらに、「筒状につくられた入れ物が食べられることが怪しい!」というように、テーブルごとに様々な意見が飛び交い、議論が盛り上がっています。

「EBI CYAZUKE-エビチャヅケ-」

3皿目、最後の料理は「エビチャヅケ」です。
この料理が、最もオリジナルに近い料理ということになります。

用意された出汁をかけて、少し時間をおいてから食べていただきました。

3皿目になると、同じテーブルを囲んだ参加者同士で、かなり話し合いが盛り上がっていました。
特に盛り上がっていたこちらのテーブルでは、「一緒に推理していく感じで初対面の人とも話しやすい」という声が。

各テーブル予想合戦が盛り上がり、「汁の解釈がわからない!」、「これが一番近いんですよね!?」という声も上がるなか、3皿を食べ終えてみなさんの予想はどのように変化したのでしょうか。

3皿を通して「かける」という動作があったことに着目した方は、シロップ、生クリーム、あんこ、黒みつなどをかけることからパンケーキではないかと予想。同じテーブルでは、みたらし団子ではないかという意見もありましたが、「みたらし団子だとしたら棒の要素は何にコピーされていたんだろう?」とさらに議論が続いていました。

また、同じくかけるという動作に注目した別のテーブルでは、乾燥したものにお湯をかけることからインスタントラーメンではないかという予想が。こちらのテーブルでは、3皿の共通要素である大豆にも着目し、「謎肉」が大豆でできていることから、予想をカップヌードルへと絞っていました。

その他には、豆の形、発酵、お茶漬けから連想し、納豆ご飯ではないかと予想される方が数人、豆と出汁からみそ汁ではないかと予想する方など、3皿食べ終えても皆さんの解釈は様々でした。

オリジナルミールの正体は?

3皿すべて食べ終わったあとは、全体で各テーブルの予想をシェアします。
それぞれの料理のどの要素に着目するか、そしてその要素をどのように解釈するかによって、全く違う予想が生まれるため、皆さん他のテーブルの意見を興味深く聞いていました。

そしていよいよ、皆さんお待ちかねの結果発表です。
オリジナルミールはこちら。

日清食品株式会社さんのカップヌードルでした。

うわーと声をあげて悔しがるテーブルもあれば、予想があたって大盛り上がりのテーブルも。
2つのテーブルで正解が出ていました。

隠蔽された「パクリ」

実はとても細かい設計図のもとで作られていた3品の料理。
最後に一つネタバラシをされていたのが、メニュー表の仕掛けです。
実はこのメニュー表には架空の4枚目があり、それはオリジナルのカップヌードルの蓋だそう。
メニュー表のフォントやデザインも、カップヌードルをパクって作られていたのです。
実は3品目を食べる前に、そのことに気付いていたテーブルがありました。

また、コピー機でカラーコピーをすると必ず色が緑に変化していくというところから発想し、このメニュー表は、1皿目が緑色で、徐々にオリジナルの赤色へと近づいていく仕組みになっていたそうです。

ですが、この他にもまだまだ隠蔽されている仕掛けはたくさんあるそう。
他には何が隠蔽されていたのかと考え続けることが、新たな解釈を生み、問いをつくることに繋がるのかもしれませんね。

参加者の声

友人同士でご参加いただいたこちらのお2人に感想を伺うと「料理がすべて美味しかった!」と口をそろえて答えてくれました。また、「疑いながらものを食べるのが初めてで良い経験だった」、「ちゃんと噛んだ。めっちゃ噛みました」という感想も。

予想が盛り上がっていたこちらのテーブルの皆さんは、「ゲーム感覚で楽しめた」、「マジになってしまった」、「すごく頭を使って考えた」とそれぞれご感想をいただきました。

今回のイベントに参加したきっかけを伺うと、
「横浜市内在住で前からTinysのイベントに興味があったから」、「食とアートというワード興味があったから」と答えてくださいました。

左から2番目の女性の方は、他の場所で行われているアートイベントによく参加しているそう。最近、食とアートをかけ合わせたイベントが多くなっており、世間の関心が高まっていることを感じているそうです。ご自身も食とアートをかけあわせたイベントを面白いと感じているようで、今回ご参加くださったとのことでした。

食とアートの交差点

イベントのなかで、「アートってとっつきにくいって言われる。私の作品では特にとっつきにくいって言われるところもある。オリジナルとコピーの話に堅いと感じる人も多い」と話をしていた東地さん。

とっつきにくい、難しそう、わかりづらい。
現代アートにそういったネガティブな第1印象を抱いている人も多いかもしれません。

けれど今回のイベントのように、そのとっつきにくいものを、誰かと一緒にゆっくりじっくり噛みくだいて、味わってみるとどうでしょう。

意外と美味しかったり食べやすかったり、今までとは異なる解釈が生まれるかもしれません。

ART TO EATは、今後も定期的に開催予定。
食とアートの交差点。その真ん中でしか味わえないワクワクを、ぜひあなたも体験してみませんか?