Tinys Yokohama Hinodecho

Culture

アートとフィットネス、 日ノ出町から発信する、新しい横浜ライフに期待

2018年4月28日にオープンする「Tinys Yokohama Hinodecho(タイニーズヨコハマヒノデチョウ)」。タイニーハウスを使った場のプロデュースを手がける YADOKARIが新たにオープンするタイニーハウスホステル+カフェラウンジ+水上アクティビティの複合施設だ。展開する場所は横浜の桜木町・みなとみらいから徒歩15分ほどの場所に位置する、日ノ出町・黄金町エリア。実はこのエリアは元は違法風俗店が密集するピンク街。現在は、アーティストが集うヒップな街に変貌を遂げつつある。そんなユニークな歴史を持つこのエリアの魅力を探るべく、まちづくりのキープレイヤーである3つの団体にインタビューした。

横浜市役所 都市整備局 都心再生課 地域再生まちづくり担当のみなさん(左から係長の若月静太郎さん、課長の井波昭彦さん、三上奈穂さん) 3人とも横浜育ちのハマっ子。横浜市役所勤務の職員も、実際は全国から集まってくるもの。全員がハマっ子というのは珍しいそう。 「横浜市のどんなところが好きですか?」とたずねると、子どもの頃の関内の風景に想いを馳せる井波さん、昭和の面影がある野毛を強力にプッシュする若月さん、市内のアートイベントなどを積極的に体験されている三上さん……それぞれ話がつきず、皆さんの横浜愛が垣間見れた。


横浜市都市整備局は、横浜市のまちづくりを推進する行政機関。そのなかで地域再生まちづくり担当の3人(井波昭彦さん、若月静太郎さん 、三上奈穂さん)は、いわば日ノ出町・黄金町エリアの行政の窓口として対応してくれる人々だ。「親身になってくれる」、「話しやすい」と日ノ出町・黄金町のまちづくりプレーヤーからの信頼も厚い。実は日ノ出町・黄金町における行政と市民との連携には、歴史がある。この街は官民一体となってピンク街から脱却し、街の大改革を成し遂げた過去があるのだ。

市民・行政・警察が協力し、ピンクな街からの転換に成功

―かつて日ノ出町で行われた「バイバイ」作戦とはどのようなものだったのでしょう。

「15年ほど前、日ノ出町から隣駅の黄金町にかけての大岡川沿いの地区(初黄・日ノ出町)は売春等の違法な風俗店が増え、市民生活に支障をきたしていました。『違法風俗店と呼ばれるようなお店が、沢山増えてしまった状況を何とかしたい』との市民の声を受けて、2005年1月に神奈川県警が、通称『バイバイ作戦』を実施。違法風俗店が一斉摘発されたのです。その後は地域をあげて環境の浄化に取り組んでいます。私たちは、地域の動きをサポートする立場。具体的には古い違法風俗店のスペースを借り上げて、別のものに転換していく役割を担っています」(横浜市都市整備局 以下同じ)

課長の井波昭彦さん

―借り上げたスペースを軸にして、現在のアートの街日ノ出町をつくられたのですね。

「横浜市の文化観光局が発信するまちづくりのコンセプトが、アートでの活性化。ですから初黄・日ノ出町も、借り上げた場所を転換する用途として、アートを意識しているんです」

―ピンク街からアートの町へ。鮮やかな転換ですが、実際のところ違法風俗店を一掃するということは、簡単ではなかったのではないでしょうか。

「そうなのです。実はまちの浄化における記念碑的な成功例といわれています。警察では『横浜方式』とも呼ばれ、他の地域にも参考にされているようです。まちの浄化は摘発すれば終わりというような簡単なことではなく、一旦は違法風俗店を退去させてもすぐに元の状態に戻ってしまうこともあります。当時を知る人の話では、『バイバイ作戦』成功のベースには地域の方の粘り強い活動があったとのことです。現『初黄・日ノ出町環境浄化推進協会』会長の谷口安利さんはじめ、地域のみなさんが活発に動いて変化の土台を作っていらっしゃった。そのうえで警察、行政が連携をとって、さまざまな視点から対処したことが奏功したのだと思います」

―今回は行政の代表として横浜市都市整備局、企業代表として京急電鉄、そして市民代表としてNPO黄金町エリアマネジメントセンター、と3方向からお話をうかがっています。「Tinys Yokohama Hinodecho」の入る京浜急行電鉄本線の高架下活用においても、3つの団体が綿密に連携していると感じますが、良好な協力関係をつくる秘訣は、どこにあるのでしょうか。

「それぞれの組織が、違う立場で関わっているわけです。そうなると活動の背景も、組織としての価値観やルールも、違って当然です。ですから違うことを前提に、できること・できないことを明確にして、丁寧に伝え合うことではないでしょうか。組織の違う相手を、自分たちの理屈で動かそうとしてもうまくいかないでしょう」


まちを変えるために住人が主体的に動くことは、今でこそ意識する人がいるけれど、15年前の都市部では珍しかったに違いない。先人たちの強い想いが、行政や警察をも動かした。その実績が信頼関係となって、今の日ノ出町に受け継がれている。それぞれの立場の人がお互いを尊重し、コミュニケーションを重ねる。過去から蓄積されたそのような努力の結果として、日ノ出町の今があるのだ。

元ピンク街という歴史は決して汚点ではなく、そのような状態から脱却し自分たちらしいまちづくりを成し遂げたのだという、歴史の勲章ではないだろうか。過去に変化できたまちは、これからもどんどん変わってゆける。そんな希望を持って、新しいことをやりたい若者も集まってきている。


「Tinys Yokohama Hinodecho」がつくる見通し・風通しのよい高架下

―日ノ出町に「Tinys Yokohama Hinodecho」がオープンします。どんななことを期待されていますか?

「実はまさにこの高架下に、違法風俗店舗があったんです。そのような経緯もあり、京急電鉄が橋桁の耐震工事をしたときに、橋桁を取り囲んだ鋼板がなかなか取り払えなくなっており、そのことでまちが分断されてしまったんですね。今年ようやくその鋼板を取り払って『Tinys Yokohama Hinodecho』がオープンするのです」

―高架がまちの真ん中にある、高い壁のようになってしまっていたんですね。

「はい。この複合施設のプロジェクトで YADOKARIが入ることによって、鋼板の壁が取れて、見通しの良い明るいまちになる。それは非常によいことだと思います。地元の方も、かねてから『あの鋼板を取りたい』っていう思いが、強くあったところなので。今回の大きな成果になって、次につながるといいですね」

三上奈穂さん

―ホステルという業態自体が他者を呼び込むものなので、今後はまちの外から多くの人が入ってくるでしょう。

「それも私たちとしては歓迎しています。横浜市は、賑わいを創出するためにこの地域に人を呼び込みたいと考えており、その活動ともリンクします。日ノ出町の線路に平行する大岡川は桜の名所。この川を、資源としてもっと活用しようというのが企画の背景です。そこで水上交通や、アクティビティを提供している人たちをまとめてプロモーションする場をつくり、『春爛漫・横浜クルーズ』と題して、プロモーションをしています。このイベントは今3年目になってまして、大岡川を知ってもらうきっかけとなっています」

©YokohamaCity

―ではスタンドアップパドル(SUP)等の水上アクティビティの拠点となるSUPステーションがある「Tinys Yokohama Hinodecho」はコンセプトにぴったりですね。

「そうですね。この地域では、今までアートのまちとしてのプロモーションが成功して、それが1本目の柱。2本目の柱として、水辺の賑わいをアピールしようとしているところなので……。数年ほど前からSUPの活動団体の拠点ができたり、カヤックとかE-ボートのアクティビティが盛んに行われるようになってきました。その流れの中で『Tinys Yokohama Hinodecho』が展開することは、水辺の賑わいという2本目の柱の、強力なエンジンになると期待しています」

―さまざまな点で YADOKARIの提案がフィットしていたと……。

「期待以上でしたね。住民から苦情が出ていた高架下鋼板を外すこと、京急電鉄とNPOの意向である宿泊施設であること、新たな街の賑わいとしての水辺の活用とも呼応するSUPのステーションがあること。そして、地域の方からの要望も多くあり、人が集う飲食という要素、さらにアートのまちとしての地元の活動との相乗効果が狙えるイベント機能があること……実に多様なニーズに合致していたのですね。正直にいうと横浜市ではイベントを実施することに関してまでは意見を出していなかったのですが、結果的に『いちばん良いアンサーが出てきたのかな』と思っています」


タイニーハウスを宿泊施設として使うYADOKARIの提案は、決して一般的なものではない。それが実現したのは、関係各所の尽力があってこそ。また、プロジェクトの選定にあたってはYADOKARIが2018年の3月まで運営していた「BETTARA STAND 日本橋」での場づくりの実績が地域で評価されたそうだ。

日ノ出町のまちづくりの歴史のなかでYADOKARIがどんな化学反応をおこしていくのかが、注目されている。


アートにフィットネス。横浜ならではの楽しみが進化する

―アートが1本目の柱。水辺の賑わいが2本目の柱。そのふたつの柱に支えられた横浜はとてもユニークなまちになりそうですね。

「2001年から現代美術の展覧会である横浜トリエンナーレが始まりました。また日ノ出町駅・黄金町駅エリアで毎年行われているアートイベント、黄金町バザールもすでに10回の実績があります。そうやって回数を重ねていることが、アートというキーワードが根付いていることの証明ではないでしょうか。トリエンナーレも毎回コンセプトを変えて盛況ですし、先日は黄金町バザールを中心になって運営する黄金町エリアマネジメントセンターが、国際交流基金の地球市民賞という大きな賞をいただいてます。横浜のアートの取り組みは対外的にも評価されていると感じています。また今後水辺の活用に関しては港町横浜の賑わいを維持し、なおかつそのエネルギーを川を通じて内陸まで広げてゆきたいと考えています」

係長の若月静太郎さん

―生活に水辺でのアクティビティを組み込む提案。しかも都会で…というのが面白いです。

「横浜には多くの企業があります。すでに”朝にSUPを漕いでから出勤”というライフスタイルを実践している方もいらっしゃいます。この日ノ出町エリアがそうしたフィットネスを楽しむ人にとっての基地になると、生活にアクアスポーツを取り入れたライフスタイルが、ぐんと広まるのではないでしょうか」

―都会でありながら、アートが傍にあり、ヘルシーな空気感に包まれて暮らせるのは素敵です。横浜という都市は、今後も進化を遂げそうですね。

「日ノ出町は横浜の中心部への玄関口ですが、逆に都心とベッドタウンの境界線のメージもあります。その意味で、今回 YADOKARIに、どのように料理していただけるか楽しみですね。SUPや飲食、イベントなどが地域に根付いたかたちで盛り上がりを見せてくれると、仕事場と住まいとの間のサードプレイス的な存在感が出るかもしれません」


横浜市は人口も面積も大きい。みなとみらい、中華街、マリンタワーなど観光地的なアイコンがクローズアップされがちだが、実はその近隣には昭和の香りの残る野毛やアメリカンテイスト漂う本牧など、中規模の面白いまちがたくさんある。もちろん日ノ出町もそのひとつ。

こういった中規模のまちがそれぞれのカラーを出して外部の人を呼び込むことによって、横浜はよりディープで面白い都市になってゆくだろう。「Tinys Yokohama Hinodecho」もその彩のひとつとして、このシーンに加わわれることが楽しみだ。