Tinys Yokohama Hinodecho

Culture

新しい時代を日ノ出町から発信し、沿線の魅力をアピールする新拠点に

2018年4月28日にオープンする「Tinys Yokohama Hinodecho(タイニーズヨコハマヒノデチョウ)」。タイニーハウスを使った場のプロデュースを手がけるYADOKARIが新たにオープンするタイニーハウスホステル+カフェラウンジ+水上アクティビティーの複合施設だ。展開する場所は横浜の桜木町・みなとみらいから徒歩15分ほどの場所に位置する、日ノ出町・黄金町エリア。実はこのエリアは元は違法風俗店が密集するピンク街。現在は、アーティストが集うヒップな街に変貌を遂げつつある。そんなユニークな歴史を持つこのエリアの魅力を探るべく、まちづくりのキープレイヤーである3つの団体にインタビューした。

京浜急行電鉄株式会社 生活事業創造本部 リテール事業部 のおふたり(左から主査の小林雄大さん、朝野創太さん)。多忙のため取材当日に参加叶わずだった課長補佐の梅澤達也さんを加えての3人チーム。20代から30代の若いチームだ。「自身にとっての京急電鉄は?」とたずねると「地元が沿線だったり、通学にも京急線をつかっていたりもしたので、沿線地域に愛着があります」と小林さん。「羽田もあり、横須賀や三浦などの観光資源もありといった、バラエティに富んだ地域をつなぐ路線に可能性を感じています」と朝野さん。両名とも沿線のまちに魅力を感じているようだ。


「Tinys Yokohama Hinodecho」は京急線の日ノ出町~黄金町駅間の高架下で展開する。「高架下にタイニーハウスを使ったホステルを」そんな型破りな提案を実現したのは、京浜急行電鉄株式会社 生活事業創造本部 リテール事業部のチーム。電鉄系の大会社というと堅実なイメージがあるが、このチームのイメージは少し違う。流行に敏感な若い感性で、「Tinys Yokohama Hinodecho」についても、 YADOKARIと同じ熱量を持って伴走してくれている。今回はチームの若手2人に、日ノ出町のまちと「Tinys Yokohama Hinodecho」に対する想いを訊いた。

高架下という時代が生んだ“遊休地”の、Tinyで最先端な活用法

主査の小林雄大さん

―おふたりは京急電鉄のなかでは、主にどんな仕事を手がける部署に所属されているのですか。

「京急電鉄は鉄道会社ですが、事業の一環として沿線の開発も行なっています。我々が所属している部署はリテール事業部で、沿線内を中心とした流通、小売、飲食に関する事業を展開しています。なかでも僕たちは新規物件の開発を行なっているチームです」(京浜急行電鉄株式会社 生活事業創造本部 リテール事業部 以下同じ)

―沿線の新規物件のなかで、高架下はどんな位置付けなのでしょう。最近中目黒や秋葉原、下北沢など高架下のスポットが話題になることが多いように感じますが。

「確かに高架下の開発はトレンドです。京急電鉄でも品川の大規模開発など地域一帯を開発するような案件と平行して、高架下の開発にも力を入れています。今回の日ノ出町、黄金町のような横浜エリアの他に、東京都内でも展開中です。大田区の京急蒲田駅付近が連続立体交差事業で高架化するなど新たに生まれた高架下もあるので、今後どのように開発していこうかと計画を練っています」

開発が進む品川駅近郊エリア ©KEIKYU
高架下開発も進む京急沿線 ©KEIKYU

―以前から高架下はあったと思うのですが、近年高架下の開発が注目を集めているのはどんな理由からでしょうか。

「先ほどあげましたが、新たに高架化されたスポットが多くあるのがひとつ。もうひとつは建築技術があがって高架下の騒音や振動が緩和されたことも理由だと思います。鉄道路線を建設する技術もあがりましたし、高架下の建物の建築技術もあがりました。以前は騒音と共存できる飲食店などに使い方が限定されていたのですが、現在は高架下に本来静かなイメージのあるクリニックや環境に気遣う保育園などもできるようになりました。そこで宿泊施設も選択肢のひとつにあがってきたのです。睡眠のコアタイムには電車が走っていないですしね」

―それに駅近のロケーションは旅人には嬉しいでしょうね。そういった背景もあって、このスペースの開発が盛り上がっているのですね。

「高架下の開発は、多くの鉄道会社が力を入れているところです。実は宿泊施設という提案にしても、JR京葉線や南海電鉄でも事例があります。そこで YADOKARIに力を借りて、これまでの高架下のイメージに捉われないタイニーハウスを活用していくことになったのです。タイニーハウスは 新たなライフスタイルを提案するツールになり得る。さらにYADOKARIの提案するタイニーハウスは可動式なので、増やしたり減らしたりもできます。正直に言うと規模がフレキシブルで初期投資が少なく済むことも、メリットでした。何よりも YADOKARIが運営する『BETTARA STAND 日本橋』に視察に行き、こういった賑わいが日ノ出町に新たな風を吹き込んでくれるはずだと感じたのです」


JR東日本が運営する秋葉原高架下の『2k540 AKI-OKA ARTISAN』『CHABARA AKI-OKA MARCHE』や、東急電鉄が運営する中目黒の高架下の『中目黒高架下』、京王電鉄井の頭線下北沢高架下に期間限定で登場した『下北沢ケージ』など、ここ2、3年は高架下の新スポットが続々とオープンした。

盛んな開発の裏には、鉄道の高架化による新たなスペースの出現や、建築技術の向上による用途の拡大があった。つまりは都市開発と建築技術のイノベーションの副産物として、駅近の好立地に多くの遊休地が出現したのだ。YADOKARIのミッションのひとつはタイニーハウスによる遊休地の活用。時代が生み出した新たなスペースを、どれだけ面白くできるのか?この抜擢を光栄に思うと同時に、新たな挑戦にワクワクしている。


「Tinys Yokohama Hinodecho」を軸に、賑わいのある日常をつくる

朝野創太さん

―日ノ出町・黄金町エリアは元は違法風俗店が林立するピンク街だったそうですね。それが今はアートの街として認知されている。京急電鉄は、その変化の過程でどんな役割をはたされたのでしょうか。

「2005年、地元の皆様や警察、行政が協力して『バイバイ作戦』という違法風俗店の一斉摘発を行なったことをきっかけに、街の浄化活動が行われました。その後、「アートによるまちづくり」が進む中で、京急電鉄も高架下に文化芸術スタジオの連続的な整備を行いました。日ノ出町・黄金町エリアはもちろん京急の沿線ですし、地権者という意味でも、京急電鉄は大きな土地を日ノ出町・黄金町エリアに持っている組織なので、当事者意識が高かったのです。」

―「Tinys Yokohama Hinodecho」の入る高架下も、京急電鉄は地権者という立場ですね。どのような発展を望まれていますか。

「企画の大きな原動力になったのは、地域住民の皆様からの要望です。過去に遡ってお話しますと、阪神淡路大震災の後、高架の耐震工事を行う中で、不法投棄などの懸念があったことから高架下を鋼板で囲んでいたのです。しかし住民の皆様からは、まちの真ん中にブラックボックスがあるようで落ち着かないというご意見がありました。鋼板で囲われた高架下は、景観という点から見てもよろしくないですし、まちの回遊性を妨げる存在だったので、早く鋼板を撤去して欲しいという要望が非常に多かったのです」

―それがこの度とうとう鋼板が取り払われたのですね。スペース活用方法はどのようにして決めたのですか。

「高架下の活用については以前から模索していましたが,具現化することができない状況が続いていました。一方で横浜市や黄金町エリアマネジメントセンターとの情報交換の中で宿泊施設というアイデアが出ていました。そしてご縁があって、YADOKARIと一緒にタイニーハウスホステルを実現することができました」

―YADOKARIのことは以前からご存知だったそうですね。

「もともと当社の別の人間がYADOKARIと面識がありました。その前から、YADOKARIがどんな仕事をしているかというのは存じていまして、日ノ出町・黄金町エリアの開発でご一緒したいという希望はありました。僕らと YADOKARIのメンバーは年代も同じだし、問題意識が近いと感じます。私たちの世代は、今後人口が激減していく世界を肌で感じています。私たちも今後のまちづくりは、今までと同じでは立ち行かないと感じていますので、家に対する価値観を改革しようとする YADOKARIに共鳴するのです」

―「大きな建物でない機動力のある小さな家が未来のカタチ」だと 、YADOKARIはかねてから主張しています。家の集合体がまちなので、 YADOKARIの家に対する考えを応用できますね。とはいえ京急電鉄は歴史がある大企業。 YADOKARIのような新しい事業者を選ぶことに反対はなかったのでしょうか。

「会社全体としては長らく手がつけられなかった日ノ出町・黄金町エリアの高架下を活用できる点を、非常に評価しています。片や今までやったことがない部分ーーたとえば”建物を建てるのではなくモバイル式のタイニーハウスを使う”などの前例のない試みを、社内でどのようにオーソライズしていくかという点には知恵を絞りました。でも苦労したかいがあって、大きな反対はありませんでしたね」


20代から30代の若い人材が、大企業のなかで活き活きと働いているのは嬉しい。「Tinys Yokohama Hinodecho」は尖った提案もしているが、各団体の窓口となる人々が奮闘し、僕らの考えを大きなプロジェクトに育ててくれた。

YADOKARIはタイニーハウスが、一部の変わり者のためのニッチな選択肢で終わるようであってはならないと考えている。タイニーハウスは、まちをどのように変えるのか? このアイデアのために力を尽くしてくれた人のためにも、「Tinys Yokohama Hinodecho」で、より良い未来の可能性を見せたい。


日常と非日常をつなぐ京急電鉄。その“らしさ”を失わないまちづくりを

―おふたりのまちづくりに対する情熱が伝わってきました。「Tinys Yokohama Hinodecho」のある日ノ出町ですが、どんなまちになって欲しいと期待していますか?

「まちづくりということでいうと、京急電鉄としては沿線全体が盛り上がって欲しいのです。それには画一的なまちづくりをしていたのでは、ままならないのではないでしょうか。ですから日ノ出町は日ノ出町の“らしさ”を醸成していって欲しいですね。近年は黄金町エリアマネジメントセンターが開催している『黄金町バザール』というアートイベントが広く認知されるようになり、盛り上がっています。『Tinys Yokohama Hinodecho』ではイベントも企画されるということで、『黄金町バザール』の盛り上がりを、日常的な賑わいにまで広げていってもらえれば嬉しいです」

―沿線全体のなかでの、日ノ出町の位置付けを考えられているのですね。

「いかに頻繁に電車に乗ってもらうか?ということを考えると、都心部に近い場所だけが賑わえばよいということではありません。沿線のベッドタウンに住む人が増えたり、働く人が増えたりといったことが、最終的な目的になります。私たちは、京急線は非常に個性的でポテンシャルのある路線を持っている、と思うのです。品川や横浜のような大都市もあれば、住宅地もあり、また葉山、逗子、三浦などの自然豊かな土地もあります。また空の玄関である羽田空港も結んでいます。この沿線のバラエティに魅力を感じてもらえるように、個性的なまちづくりに力を入れて、発信してゆきたいですね」

―「Tinys Yokohama Hinodecho」はホステルとしての機能の他にもスタンドアップパドル(SUP)ステーションあり、飲食あり、イベントありと盛りだくさんな要素があります。

「そんなところが、京急電鉄らしさともリンクすると思います。今後沿線のひとつのアイコンに育っていって欲しいと期待しています」


面白いことに、電鉄系の企業の人々は、まちづくりを”点”ではなく”線”でとらえている。今の不動産市場では、都心部から近ければ近いほど評価される傾向にあり、沿線のなかでも首都圏近接の駅ばかりがフォーカスされる。しかし世の中が都市と都市のコピーのようなまちだけになるのは、正直にいってつまらない。

都心から、あるいは空港から、京急電鉄の“赤い電車”に揺られてゆけば、海があり、山もある。その過程に、いくもの味わい深い街がある。そんな広がりと多様性こそが、毎日の暮らしを豊かにするのではないだろうか。「Tinys Yokohama Hinodecho」も、日ノ出町の高架下からまちという面へ、そして遠く沿線までその個性を届けられるような存在になりたい。そんな思いを強くした。