ちょっと前までその町は、
誰もが気軽にやって来られる場所じゃなかった。
ひとときの快楽に酔いしれて、すべてを忘れさせる町。
その町は、日ノ出町と呼ばれた。
いつかそんな場所からも日が昇るように。
町は眠りから目覚め、新しい朝がやってくる。

高架下にはタイニーハウスが並ぶ。
小さくて気軽なその家は、どこへでも自由に移動できる。
そんなタイニーハウスでつくられた小さなホテルは、
まちに開かれたリビングでもある。
リビングはLiving。暮らしていく場所のこと。
暮らしとは、夕陽を見送る毎日を重ねていくことなのかもしれない。
日没の後にやってくる夜は、かつてそこにあった闇に少し似ている。
遠くから来た旅人も、そのまちで生きている住民も、
同じ時間を過ごせる場所。

そこで暮らすように夜を過ごしてみる。
まちの呼吸を感じる。まちに自分の体を浸す。
普通のホテルに泊まるときのように、
サービスを受け取るだけじゃつまらない。
自分から手を差し出してみよう。
ゆかいなイベントに飛び込んでみよう。

湧き上がってくるものを解き放てば、
それはまちに刻まれるアートになる。
新しい人が訪れるたびに、
まちのアートはちょっとずつふくらんでいく。

やがて朝がやってきて、京急線がリズムを奏で始める。
大岡川に朝日が反射し、小さな家は淹れたてのコーヒーの香りに包まれる。
川の上には、はしけ舟のようにSUPが浮かぶ。
今日の散歩は桜の咲く川の上だ。流されていくのは心地よい。
日が暮れるのを見送り、同じ場所で日の出を迎える。
ひとときを、この場所で暮らす。
それはたった一度の日暮れと日の出かもしれない。
でも、小さな家での短い暮らしは、自分に必要なものを教えてくれるはずだ。
大きくて広くて、たくさんの物に囲まれている暮らしだけが豊かさじゃない。